ジュン×翠星石

マウスを動かす手が止まった。
「ローザミスティカのないドールは」
 翠星石は淡々とした口調で言葉を紡ぎだしていく。
「話すことも歩くこともできない、ただの…」
「やめろ!!」
 ジュンが勢いよく立ち上がり叫んだ。その拍子に椅子が床に倒れたが、ジュンにはどうでもよかった。
「やめろよ…!」
 ジュンの剣幕に翠星石は驚きはしなかった。ただ顔を伏せたまま、一言だけ返す。
「ただの……人形です」
 ゆっくりと翠星石が視線を上げて、何の感情も篭っていないオッドアイの双眸でジュンを見た。
途端、ジュンの顔が歪む。哀しみと憎悪を含んだ、なんともいえない奇妙な表情。こんなジュンを見たのは、翠星石はこの家に来て初めてであった。
「お前に……!」
翠星石の細い首をジュンがいきなり掴んだ。
「お前なんかに何が分かるっていうんだ!」
 両手に力を込めて、首を絞め上げていく。
「なんで……なんでお前が動いてて、真紅がもう動かないんだよ!」
しかし、いくら締めようと翠星石は平然とジュンを見ていた。
ドールに呼吸は必要なく、いくらジュンが首を絞めようと窒息に陥ることはない。だから自分の首を掴んだ手を振り払う必要もないし、苦痛に暴れることもなかった。
だが、心は痛かった。
「嫌いだ…! お前なんか嫌いだ!!」
ジュンの手に力が込められるたびに、翠星石の中で大切な何かが音をたてずに壊れていく。
痛くて痛くて、そして何より昔のような日常には戻ることができないことを、改めて理解することが何よりも虚しかった。


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