ジュン×翠星石

「ジュン…入るですよ」
固く閉ざされた扉。
翠星石はちゃんとノックをしてから、ノブに手を伸ばす。
重苦しい雰囲気とは裏腹に、扉はノブを軽く捻ると簡単に開いた。
「あ…」
 真っ先に目に飛び込んできたのは、パソコンの前でマウスを動かすジュンの姿だった。
彼女の立っている場所からは背中しか見えないが、それでも久しぶりに見るジュンの姿に、思わず笑みがこぼれる。
だが、床に置かれた二つの鞄見つけて、その笑みも自然と消えていった。
「ジュン」
「…なんだよ」
 ジュンは背中をこちらに向けたまま答えた。
背中からでは表情を見ることができないが、自分を歓迎していないことはその態度から嫌でも分かる。
「朝ご飯…です。 さっさと降りてこいです」
 数秒間、沈黙が続いた。その間、翠星石はずっと床を見つめ続けたまま、ジュンの口が開くのを待った。
「いらない」
 翠星石はジュンに目を戻した。
「いらない。 姉ちゃんにもそう言っとけ」
 ジュンは繰り返して言う。
「で、でも……少しは食べないと…体に…悪い…ですよ」
「うるさいな……いらないって言ってるだろ」
「わ、私は心配なんです! もし…ジュンが倒れたりなんかしたら…」
 恐らく冷静ではいられないだろう。蒼星石がローザミスティカを奪われてしまった時、あれほど取り乱した翠星石である。あの二体に次いでジュンにまで何かあったら自分でもどうなってしまうか分からない。
そんな翠星石の心情を知ってか知らずか、ジュンの返事はひどく素っ気無いものだった。
「だから?」
「えっ……」
「僕が倒れようが死のうがお前には関係ないだろ」 
関係ない、その言葉に翠星石はひどく悲しげな表情でジュンを見た。同時に、押し込めていたはずのどす黒い感情が沸々と顔をだした。
気がついたときには全てが遅かった。一人と一体の微妙な距離は、その時、一瞬で崩れ去ることになった。
「……真紅達は、もう動かないですよ」


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